喫煙の意味が逆転した1980年

仕事柄、人間ドック受診者の喫煙歴を尋ねることが多いのだが、1950年代以前に生まれた方の答えは、浪人中、成人、大学入学、就職をきっかけに喫煙するようになった、との答えが多くなる。しかし、私は1960年生まれだが、同期生の多くは大学に合格したり就職が決まったりしたことをきっかけにタバコを止めた人はいても、それらをきっかけに喫煙するようになった人はほとんどいなかった。20歳になってから喫煙をはじめることは格好の悪いことで、20歳になったからもう喫煙しても意味が無い、と言って以後完全に禁煙した人すら居る位だった。それに比べると、団塊の世代までの人たちの喫煙歴の申告が妙に素直すぎるとさえ感じてしまう。

もしかすると、昔はまっとうな大人の世界に入るために喫煙していたのが、我々の世代くらいからはまっとうな世界からスピンアウトするために喫煙するようになったのではなかろうか。確かに、1980年当時に私が属していた医学生の社会では、喫煙を大麻吸引と同じような意味で捉えていた。喫煙の意味が社会からの意図的スピンアウトにあるのであれば、まっとうな禁煙教育が中高生には効果が無いように見えるのも当然のことだろう。中高生がたむろして喫煙している姿が、どうしても合法的ドラッグに走る連中と同じようなサブカルチャーにはまり込む行為に見えてしまう。

このように、喫煙の意味が1980年ごろを境に逆転しているような気がするのだが、1980年と言えばWHOが必死になってタバコ撲滅キャンペーンをはじめた時期に一致する。喫煙が社会的な悪になり、DSM-III*1でタバコ依存症と言う概念が採用された時期である。団塊の世代と新人類世代の境界線である1960年生まれのあたりにある世代間の断層がこんな所にもあるようだ。事実、就職した病院の医局では、1959年以前に生まれた医師は100%喫煙者で、1960年以後に生まれた医師は100%非喫煙者だった。


*1 DSM-III:当時のアメリカの精神医学会による精神障害の診断マニュアル。現在は改訂版であるDSM-IVが使われている。