Maple Leaf Diary -楓葉日記-

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2021-11-16 (Tue)

Updated: 2021-11-18 20:45 by Kaoru Norimoto

[皇室] 悠仁親王殿下の進学先が取り沙汰されていますが

悠仁親王殿下は現在お茶の水女子大学附属中学の3年生ですが、附属高校は女子高なので外部に進学しなくてはなりません。その進学先として取りざたされているのは学習院高等部、筑波大学附属高校、東京農業大学第一高等学校の3校なのだそうです。

学習院には対校試合以外で行ったことがなく、東京農業大学第一高校は全く知らないので、この2校が殿下にとって最適解なのかどうかは何とも言えません。ですが、筑波大学附属高校は筆者の出身校ですので、OBとしてならある程度コメントできます。

世間では超進学校である筑波大学附属高校に行ってもついていけるのか、と懐疑的にみる向きが多いようです。殿下の学力が如何ほどなのかは分かりませんが、現在の筑波大学附属高校は私が在学中とそうは変わらないポシションのようです。普通の進学校以上超進学校未満、武蔵高校などと同じようなポシションと考えます。世間が言うほど凄い学校ではないです。高校から入る生徒は粒が揃っていますが、内部進学生の学力のばらつきはかなりあり、世間の評価はちょっと過大ではないでしょうか。むしろ、殿下が入学された場合に気になるのは学力以外の点にあります。

第一に、伝統行事として、院戦(学習院では附属戦と呼びます)という学習院との大規模な対校試合が毎年あり、この点で学習院との交流が避けて通れません。会場は学習院側が用意するので、毎回学習院の敷地にお邪魔することになります。

第二に、伝統的にリベラル左派が強いうえに、実験校という名目のもとにきわめて自由な教育をしていますから、殿下と相性が良いかどうかはかなり運任せになると思います。自由な教育という点は筑駒こと筑波大学附属駒場高校、武蔵高等学校中学校などと似ていて、知的刺激には富んでいるのでうまく嚙み合えば貴重な経験ができるのですが、受験教育は全く期待しないほうが良いと思います。勉強は自分でするもの、ということです。

校風を判断するにはOBやOGの顔ぶれが参考になるかもしれません。私は片山さつき氏の一学年下ですが、まあそういうことです。

以上のような点は秋篠宮殿下も秋篠宮妃殿下もご存じないはずはないでしょうから、賢明な選択をされるものと思いますが、果たして殿下の進学先はどこになるのでしょうか。全く下馬評に上がっていないところになるかもしれませんが、あまり私どもが騒がない方が良いと思います。

※2021年11月18日に大幅に改稿いたしました。


2021-11-06 (Sat)

Updated: 2021-11-06 22:15 by Kaoru Norimoto

[政治] 比例復活ってそんなに悪いことなのだろうか?

衆議院議員選挙で小選挙区で落選したものの惜敗率が高く、比例代表で当選した議員に対し、「選挙区の落選させたいという意思が反映されない」とか「ゾンビ」だとか言っていわゆる比例復活は悪いことだ、とする向きが少なからずあるようだ。そんなに比例復活って悪いことなのだろうか。

比例復活した議員は比例区選出の議員なのであり、比例区は政党に対する投票であるのだから、誰がその政党から選出されるのかという事柄も政党に委任されていると考えるべきであり、その政党が誰を当選させようとその政党の自由だと考える。全員を同一順位にして惜敗率だけで当選者を決める、したがって比例区選出の議員は全員が比例復活である、という政党があったとしても問題はないはずである。

また、同一選挙区から2~3人が当選する選挙区が出るのはおかしいという意見もあろうかと思うが、憲法上は当選者は地域代表ではなく、国家全体の代表なのであるから、これも問題にはならない。

現実に比例復活にはメリットがある。第一に、小選挙区制一本では切り捨てられそうな小政党であっても、同一ブロックのすべての選挙区の薄い支持をかき集めて当選できることである。国民民主党や大阪以外の維新の会に良くあてはまる。消えてしまうには惜しい中小政党の救済にはもってこいの制度だと考える。共産党にまで効果が及ぶのは嫌な感じだが、一定の支持率があるから止むを得ない。

第二に、競り合っている候補の両方とも当選させたい場合に有効である。立憲民主党にも消えるには惜しい候補は居るし、自民党にも言えることである。それが同じ選挙区が地盤というだけで片方に投じられた票が死に票になるというのは勿体ない気がする。支持政党の候補ではないが、消えて欲しくはない負けそうな他党の候補に敢えて投票して惜敗率を上げる、という戦略的投票が出来る。それで他の選挙区の他党の落選して欲しい候補が惜敗率の不足で落選してくれればさらに良し、ということになる。

ちなみに、ドイツのかつての名物外相が小選挙区で一度も勝ったことがなく、常に比例区からの当選だったと聞いている。日本では重要閣僚が小選挙区で落選し比例復活で救われて国家的損失を免れる、という事態がほとんど起きないのでこの制度の有難みをあまり実感できないが、理論的には有り得る話である。

以上のような理由で比例復活には一定の効用があると考える。


2021-06-20 (Sun)

Updated: 2021-06-20 16:37 by Kaoru Norimoto

[Web] 大昔に自分の「ホームページ」を作っていた人あるある50

Rocket News24収載の2014年3月27日付けの記事「大昔に自分の「ホームページ」を作っていた人あるある50」に昔の「ホームページ」にはこんなことがあったと回顧する記事が出ていた。果たして1990年代末の自分はどうだったのだろうか。当時を思い出して対比させてみた。

その01:工事中。
サイト開設後、ごく初期には多少ありました。
その02:とりあえずジオシティーズ。
使ったことがありません。
その03:そういえば「COOL ONLINE」ってのもあった。
これは知りません。
その04:ホームページのタイトルで一晩悩む。
あまり悩まなかったような気がします。
その05:Windowsなら『ホームページ・ビルダー』。
一時期使っていたのはマイクロソフトフロントページでした。ですが、大部分の期間はブログツールを使うかHTML手打ちでした。今でも手打ちです。RDFaとかマイクロデータとかを使うときに仕様変更に対応しやすいので。
その06:Macなら『PageMill(ページミル)』。
Macじゃないので……。
その07:コンテンツのアイデアが何もない。
そんなことないです。書きたいことがあってサイトを始めたので。
その08:とりあえず自分のパソコン(制作マシン)の紹介ページを作ってみる。
かなりコンテンツが増えてからちょっとやったかも。
その09:とりあえずレンタルのカウンタ(広告付き)を設置。
ごく初期に短期間プロバイダ謹製のカウンタを使いました。広告はありません。
その10:あなたは●●●人目のお客様です。
この表現は使いませんでした。
その11:カウンタの数字で一喜一憂。
思ったより回ったのでこれはないです。むしろアクセスログ解析のほうに一喜一憂した時期がありました。ですが、ユニークアクセスが1日1,000くらいになったところで面倒になって止めました。
その12:サイト幅は最大で横600pxを死守。
ごく短期間テーブルレイアウトで幅760pxに固定していました。
その13:このホームページは Internet Explorer と Netscape に最適化されています。
動作確認という表現は一時期使いましたが、最適化とは言っていません。
その14:サイトのデザインを「右寄せ」にするか「センタリング」かで悩む。
どちらも好きではないのでやっていません。
その15:「相互リンク募集中」
相互リンクはひたすら受諾するだけでした。
その16:ABOUT → 工事中
これも心当たりがありません。
その17:レンタル掲示板(広告付き)を設置する。
掲示板は短期間の設置でしたが、自前で設置しました。
その18:テキストだけでHTML書ける人を尊敬。
フロントページでうまくいかず、手打ちに戻った経緯があり、手打ちは当たり前のことでした。
その19:偉大なる大先生は「とほほ(杜甫々)」さん。
とほほ批判派に流されてしまい、どちらかというと敬遠気味でした。今では素直に好評価しています。
その20:何かを更新したら太文字で「What’s New」。
一時期は赤文字でそうしていました。
その21:自分のホームページの「last update (最終更新日)」が1カ月前とかだとブルーになる。
これは2008年くらいまではそうでした。
その22:とりあえず自分で「Yahoo!カテゴリ」に推薦してみる。
これもやりました。意外とあっさり登録されてびっくりしました。
その23:「リンクはご自由に」
リンクフリーの意味を誤解して赤っ恥。
その24:人様のリンクページに貼ってもらうため、86×35くらいのバナーを作る。
これはやりました。
その25:少しでも目立とうと、GIFアニメのバナーを作る。
これは迷惑行為だと聞いていたのでやりませんでした。特許問題に端を発する反GIFの運動に影響されたのもあります。
その26:Windowsユーザーなら「FFFTP」。
今でも使っています。
その27:Macユーザーなら「fetch」。
Macは使ってませんが、これはさもありなん。
その28:絶対パスと相対パスを理解する。
基本ですよね?
その29:JavaScript に手を出し始める。
JavaScript OFFの環境にも配慮せよとの意見に影響されて、最近までクライアントサイドのスクリプトは使わないようにしていました。今でもごく僅かしか使用しないようにしています。
その30:とりあえず文字を点滅させてみる。
目がちかちかするのでやりません。また、マーキー、ブリンクはHTMLの標準に反するとする意見に影響され、絶対に利用しないようにしていました。
その31:面白くなってきて文字をユラユラと左右に動くようにしてみる。
これも「わるいHTML」の典型だと信じてやらないようにしていました。
その32:感動してもらおうと、いきなり「midi」を鳴らしてみる。
同様に「わるいHTML」の典型だと信じていました。迷惑行為ですよね?
その33:だんだん麻痺してきてステータスバーに文字を流したりする。
前問と同様。
その34:ページにアクセスした瞬間に「ようこそ!」とウザいポップアップウインドウを出すようになったら重症。
その通りだと思います。
その35:右クリック禁止。
むしろ右クリック擁護派でした。
その36:有料のレンタル掲示板(広告なし)を導入するか悩む。
掲示板は自鯖で自作に限ると考えていました。
その37:広告の出ない有料のサーバーを借りるようになる。
はい。現在も利用中です。
その38:意味のないフレームを使いまくる。
フレームセットが非推奨となったと聞いてすぐに全廃しました。
その39:テーブルを使いまくってワケがわからなくなる。
多重テーブルはほんの短期間だけでしたが、それでもワケがわからなくなったことはありません。
その40:ユーザーの環境によって文字の大きさやフォントが変わるのが耐えられず、画像だけでデザインを組み上げる。
ごく初期にやってしまいました。テキストブラウザでは読めないとわかって慌てて止めました。
その41:1×1ピクセルの透明GIF画像は重宝する。
このテクニックは使ったことがありません。
その42:そのうち CGI にも手を出すようになる。
はい。perl、ruby、phpは三種の神器でした。SSIも必須です。
その43:パーミッション644。
ApacheのXbithackディレクティブの関係でパーミッションは714を多用していました。
その44:自分で掲示板(BBS)を設置した時の感動。
それはわかりますが、すぐに重荷になってしまいました。
その45:偉大なるサイト「KENT WEB」。
確かに。
その46:パーミッション755。
デフォルトでは755が主流のようですが、サーバーによっては700、705などもありました。
その47:掲示板を設置したが誰も書き込まない。
まあ、そんなものでした。
その48:パスワード付きのページを作ってみる。
今でもいくつかあります。
その49:「こちらのページに引っ越ししました」。
独自ドメインの引っ越しがめんどくさかったです。あとは旧サーバーでの301リダイレクトの設定、新サーバーでのURLの正規化の設定が面倒でした。
その50:とっくの大昔にサーバーからも削除したはずの自分のホームページのURLを、インターネット・アーカイブの「Wayback Machine」で検索して悶絶する。
当時を懐かしむにはよいプロジェクトですね。

以上答えてみて、いわゆる「ホームページ」の世界の住人とはずいぶん違う方向性でサイト運営していたことを実感しました。


2021-06-14 (Mon)

Updated: 2021-06-14 21:27 by Kaoru Norimoto

[PC][サイト管理] 余剰のスマホをウェブサーバーに

Cosmo communicatorというキーボード付きのクラムシェル型スマホがあり、アンドロイド9を搭載しPDAを彷彿とさせる使用感の端末となっている。この端末を落としてガラスを割ってしまった。幸い割れて粉々になって脱落したガラスはベゼルの上の部分だけだったので、レジンのような樹脂で埋めて保護シートを張ったら一応使えるようになったが、今後の持ち歩きには不安だったので、もう一台新品を手に入れて代替した。余剰になった本機は小型の据え置きPCのようにして使うことにした。

まず有線LANでつなぐことにした。USBのLANアダプターが余っていたので、USB-AをUSB-Cに変換するアダプタを挿したところ、問題なく認識した。しかし、固定のIPアドレスを与えようとしたら、有線LANに対してはアンドロイドの仕様上そういうことは出来ないという。LANアダプターのMACアドレスを調べてルーターのDHCPサーバーで固定IPアドレスを与えるように設定する必要があった。さらに、WEBサーバーとしてAWebServer ( Http Web Server Apache PHP Sql )をインストールしたところ、ほとんど追加設定なしでPHPが動作する環境が手に入った。

かくして、余剰となったスマホは自宅ウェブサーバに転用された次第である。コンテンツはhttp://mapleleaf.dd.que.ne.jp/である。


2020-10-21 (Wed)

Updated: 2020-10-21 12:50 by Kaoru Norimoto

[政治][歴史] 昔の共産党は確かに民族主義的だった

hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)の2014年9月24日付けのエントリー「もともと共産党は反米民族主義だったような・・・を偶然見つけ、古いエントリーだが読んでみた。

冒頭に以下のようにあるが、

元日本共産党中央委員会常任幹部会委員の筆坂秀世氏が書いたこれが結構話題になっているようですが、

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41772(戦後「左翼」の罪深き思考停止) 私は相当前から、日本の政党の中で最も“親米的”な政党は、実は日本共産党ではないかと思ってきた。

・・・なぜ日本に、日本人に、もっと誇りを持てないのか。日本を貶めて何が嬉しいのか。朝日新聞や共産党、社民党、進歩派を自認する人々に言いたいのは、このことだ。

一見、元共産党幹部が「転向」したみたいですが、私にはむしろ「先祖返り」に見えます。

実際、ある年齢以上の人にとっては、むしろ日本共産党(やその周辺の人々)こそが、自民党政権が(内心持っていたとしても絶対に外向けには出せなかった)反米ナショナリズムを極めて素直に露骨に出していた政治集団であったように思われますが。

まさにその通りだと思った。私が高校生の頃までの共産党員(特に学校の先生には沢山居た)は社会党左派と違って、盛んに自主防衛を唱え、樺太をサハリンなどと言おうものなら容赦なくダメ出しされた記憶がある。反米、反ソ、反中を唱える人も少なからず存在した。今のリベラル左派然として社民党とどこが違うのか、と突っ込みたくなる共産党とは全く別物だったように思える。

共産党なんてものには首を突っ込みたくないので、いかなる権力闘争の末こうなったかを調べようとも思わないが、こういう点にも昭和は遠くなったということを感じてしまう。もう私も年寄りになってしまったということなのだろう。



平成16年4月11日開設
平成17年4月17日移設
乗本 knorimoto
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