辺野古埋め立て承認取り消しに対する提訴を歓迎する

2015年10月20日17時39分付の時事ドットコム記事「辺野古取り消しで沖縄知事提訴=普天間住民「生存権を侵害」」によると、

沖縄県の翁長雄志知事による米軍普天間飛行場移設先とされる名護市辺野古沿岸部の埋め立て承認取り消しは、基地を固定化し人格的生存権侵害の永続化を招くとして、普天間飛行場がある宜野湾市民12人が20日、知事と県を相手に、取り消しの無効確認と総額1億2000万円の損害賠償を求め、那覇地裁に提訴した。

時事ドットコム「辺野古取り消しで沖縄知事提訴=普天間住民「生存権を侵害」」 より

とのことだ。

私は今まで、沖縄という土地を、同調圧力が強すぎたり、儒教的な規範が強すぎたりして「人権侵害ともいえる状況があっても、反対の声を上げた方が悪者にされてしまうから反対の声を挙げられない」自由のない土地だと誤解していた。

自衛隊員に対する住民登録拒否、急患の自衛隊機による移送要請を県知事が出さずに黙殺(ともに1972年)、普天間第二小学校移設の頓挫、悪意に取れば地域住民を人質にとって普天間や辺野古で流血や事故が起きることを期待しているとしか思えない反基地運動などの人権侵害があっても有効な反対の声が上がらない沖縄に対し、いままで苛立ちを覚えてきた。

「NO」と言えない沖縄の風土が結果的に親中左翼の跳梁跋扈を許し、同調圧力が強く、結果的に全体主義に支配されてものが言えない、重苦しい土地であると沖縄のことを考えてきた。

しかし、最近それが変わってきたように感じていた。反基地闘争に対するカウンター的な動きも報じられるようになって、沖縄にも自由権があるのだと沖縄のことを見直し始めていた。

そこに、今回の提訴である。沖縄にも現状に「NO」を言える自由がある、沖縄も本土と変わらない日本国内である、そう思えて非常に嬉しかった。

今回の提訴の裏に幸福実現党や日本会議との繋がりがあるという指摘をする人も居るが、私は余りそれを問題だとは思っていない。もし県が右翼全体主義的な政策をしていて左翼がそれを提訴したのであっても、私はそれを好意的に評価したであろう。

右でも左でも、「NO」と言えない全体主義は良くない。今の沖縄は明らかに左側の全体主義に支配されて、辺野古移設賛成派がものを言えない空気が出来上がっているように外からは見えるから、それに異を唱える今回の提訴に対し、「よくやった」とエールを送りたい。