沖縄問題はすでに安保問題から民族問題に変質しつつあると感じて不安である

「農と島のありんくりん」というブログの2015年4月1日付記事「沖縄民族主義vsヤマト民族主義の対立構図を煽る人々」という記事を興味深く拝読した。

この記事からは、嫌沖感情の芽生えに対する管理人さんの懸念が良く伝わってきた。しかし、沖縄に対して拒否的な感情を持つ人が出てきたのはこの最近ではなく、もっと昔から居たのは確かである。

1972年に那覇市、1973年に立川市で自衛官とその家族に対する住民登録拒否という事件があったが、立川の方はともかく、那覇の方は波及効果がものすごく、当時埼玉県の和光市で中学生だった自分も、自衛官の子であったことで「那覇市のようにお前も学校に出て来れなくしてやる」とありったけの排斥を受けた。自衛官の子弟というだけで吊し上げを食うのも日常茶飯事だった。

自衛隊の少年工科学校では当時、自衛隊生徒の安全が保障できないから埼玉では制服を着て外出してはいけない、という校則があったくらい反自衛隊感情が強く、その精神的支柱になっていたのが沖縄の反自衛隊運動であった。ちなみに、東京と神奈川だけは反自衛隊感情が弱いので自衛隊生徒の外出時にも自衛隊の制服着用可だったという。

その後遺症で、私は那覇と立川に恐怖感を抱くようになってしまい、2006年まで沖縄県には足を踏み入れることがなかったのだが、2006年に所属する学会が宜野湾市で開催された際に初めて沖縄本島に行った。

基地に近い宜野湾ではそうでもなかったのだが、那覇ではあちこちでこの記事で紹介された比嘉さんのような表情で迎えられ、まるで敵国に来たような緊張感を感じてしまった。外国である台湾や韓国よりよほど外国を感じさせられてしまい、沖縄の独立主義者の言う「琉球民族と大和民族の対立」を肌で感じてしまい、日本は多民族国家なのだと妙に納得させられてしまった。

もちろん、こちら側にも那覇に対する警戒心があったので心理的バイアスがかかっていたのは間違いないところだが、本島の那覇以南は2006年当時から妙な雰囲気で、基地のある地元宜野湾市の方がよほど平和的に感じられた。沖縄本島北部や八重山諸島ではもっと違うのかもしれないが、少なくとも那覇市周辺では非常にとげとげしたものが伏在しているというのが実感として残った。

民族は人種ではなく文化的概念であるから、沖縄の住民の相当部分が自らを琉球民族と規定していても、日本に帰属意識を持っているのであれば、領域国家である日本の国民であることとは矛盾しないので、そのことをどうこう言うつもりはない。しかし、日本に帰属意識を持たず、民族自決権を行使し国家としての独立を望むのであればそれは自由だ、しかしこちらも受けて立つので独立戦争を戦うがよい、というところに至るまで心理的にはあと一歩というくらいに沖縄に敵意を持ってしまった。

実際、総選挙で沖縄だけが自民党全敗、琉球独立派に与する県知事の一派が選挙で勝利するなど、外部からは50%の人が琉球独立容認、40%の人が独立反対のように見えてしまうのが現状である。沖縄県知事が国連で先住民族としての存在をアピールするのでは、という観測が流れたときは、精神的に平静で居られなかった。正直に言って、現在の沖縄に対する感情は恐怖50%、反感30%、諦観20%といったところである。

このような沖縄恐怖症が自分だけの偏った意見と思いきや、沖縄という言葉を聞いただけで感情的に耐えられない、ひどい意見になるともっと積極的に沖縄を弾圧せよというものまで出ている。極端な意見になると沖縄県を廃止して薩摩である鹿児島県の支配下に置け、というのまであった。もっとも、これは当の鹿児島県が嫌がりそうなものだが。

このままでは本土側からも沖縄に対する圧政を望む声が出てきて、行きつくところは内乱、という緊張感が芽生えているように感じる。左翼の言う「大和民族の琉球民族に対する圧政」が実現してしまいそうな勢いだ。安倍政権には今のところその気はないようなのが救いであるが。

以上は今のところ一個人の妄想だと思いたいところだが、一部の人は沖縄を仮想敵国視するところまでいってしまっているから、この記事の管理人の懸念はむしろ手遅れ気味で、琉球独立運動に対するカウンターとしての憎沖、反沖はすでに芽生えてしまっていると思う(そういう意味では例の比嘉さんの発言はあながち妄想ばかりとも言えない)。本土の対沖感情が嫌沖で済んでいるうちに何とかならないものかと思った。

長文な上に不快に思われる意見を開陳して申し訳ない(自分自身書いていて不快になった)。しかし、沖縄問題が安保問題ではなく民族問題になってしまいそうな不穏な空気が漂っていて不安である。

沖縄県民からは「お前は沖縄のことを何も分かっていない、だから黙れ」という反論を食いそうだが、少なくとも琉球独立論者が撒き散らした言説は本土側でも効果をあげているという危機感だけは沖縄の人に分かってもらいたいと思う。