記憶に残る車両:181系気動車

3回連続で国鉄車両の登場である。キハ80系気動車は気動車特急のネットワーク形成に多大な貢献をしたもののその非力さは如何ともし難く、線区によってはキハ58の急行よりも基準運転時分がかかる(遅い)特急、というような妙なことになっていた。

こうした問題を背景に、気動車でも電車並みの速さを、と言うことで今回話題にする181系気動車が作られた。馬力に物を言わせて485系電車6M6T編成に勝る性能を示したと言う。この高性能を生かして気動車特急「つばさ」が昭和50年まで東北本線を最高速度120km/hで爆走していた。この「つばさ」が時刻表上電車である「ひばり」とほとんど変わらない所要時間で東北本線を走っているのを見つけた時、私にとって181系気動車は「この凄いディーゼルカーにいつか乗るんだ」と憧れの形式になっていた。

しかし、北海道から関東に出てきた昭和48年当時はまだ中学生。いまでこそ一人で列車の旅を敢行する小学生も珍しくないが、その当時は資金もなければ時間もなかった。北海道から出てきたばかりで関東の環境に適応するのが精一杯。その上反自衛隊闘争に巻き込まれて排斥にあい、精神的にも追い詰められて、とてもじゃないが列車の旅を楽しむ気分にはなれず、181系気動車に乗車を果たしたのはかなり時間が経った1981年、電化前の伯備線の特急「やくも」を利用した時であった。

この時は機関の高出力に物を言わせて勾配をぐんぐん上っていく姿を想像していたのであるが、伯備線というのはとんでもなくカーブの多い線で、実際にはちょっと加速しては曲線制限に引っかかるという感じで、パワーを持て余し気味のギクシャクした運転に感じた。生山付近で速度計が60km/hを示しているのを見た時は、思わず「これでも特急か?」と思ってしまった。勾配の多い山岳線に乗り慣れていなかったので、強力な気動車だからこの程度の速度低下で済んでいた、あるいは本当に問題なのは曲線による速度制限なのだということにも思いを致さず、「やっぱり電車でないとダメなのか」と思ってしまった。

そんなわけで、期待したようなパワフルな運転と言うわけには行かず、失望感の方が先に立ってしまった181系気動車の初体験であった。気動車のことをもっとよく知っていれば、181系気動車にとって性能を発揮できるとはいえない伯備線という線区の乗車体験でこの形式に対する評価を決めてしまってはいけないと分かったはずなのであるが、事前の期待が大きかっただけにその反動がきつく出てしまった。

電化されて間もない伯備線の381系電車特急「やくも」にも乗車し、振り子電車の威力をすぐに体験してしまったためその印象がさらに強められてしまった。「気動車はやっぱり電車には勝てない」と言う印象が強烈に刷り込まれてしまったのである。

私が下してしまった、「気動車は電車には勝てない」という評価が払拭されたのは、2002年に283系気動車の「スーパーおおぞら」で石勝線・根室本線を新夕張から釧路まで乗車した時であった。新系列気動車といわれる一群の形式が出現してはじめて、181系気動車に対する失望感の後遺症から立ち直ることが出来たのである。

電車に負けない気動車になろうとしてなり切れなかった惜しい形式、そういう口惜しさとともに181系気動車は強く印象に残っている。

ちなみに、181系気動車については極限の気動車181系 衝撃のターボサウンドというサイトが非常に詳しい。私もここを読んで気動車というものに対する認識を新たにした。もしこの形式に少しでも関心があればぜひ読んでほしい。気動車というものがどういうものかを気付かせてくれる優秀なサイトである。