集団的自衛権に対する左派の論理はむしろ逆じゃないか

集団的自衛権の行使を認めると戦争に結び付くと左派がうるさいが、これは逆だと思う。欧州でドイツ軍が不安を呼び起こさないのは、NATOに属していることによってドイツが突飛なことはしないという信頼感が大きい。NATOがいわゆる「瓶のふた」の役割をしているのだ。

日本も同じ事だと思う。仮に中韓と米越比印が戦争状態になったとする。日本がもし集団的自衛権を行使しないことで多国間軍事同盟に参加していなかったら、「日本がいつ中韓側に寝返るか分からない」という疑念を与えることになりかねない。もしかして、左翼はそれを期待しているのだろうか?

それを防ぐためにも、むしろ集団的自衛権の行使を解禁し、どんな政権の下でも日本はこちら側なのだという安心感を与えるべきだと思うのだが、いかがだろうか。韓国はすぐ「日本はドイツを見習え」というが、見習うからこそ集団的自衛権を行使してNATO型の軍事同盟を模索するべきだと強く考える。

これに限らず、左派の論理はむしろ逆じゃないか、と思えるものが多い。憲法を厳格に解釈して自衛隊をあまり雁字搦めにすると、一朝有事の際にはクーデターを起こして憲法を停止するしかなくなってしまう。そのようにして出来た軍事政権など真っ平御免だ。自衛隊が必要なことだけ行って余計なことをやらないようにするためにも、安倍政権が目論んでいる程度の解釈変更は必要である。

ちなみに、憲法改正にはとりあえず反対する。靖国神社参拝の比ではない燃料を中華人民共和国に与え、軍事力増強の口実を与えてしまう。もう中華人民共和国との開戦が不可避であとは時期だけの問題となった現在、もう憲法を弄るだけの余裕はない。中華人民共和国との関係はもはや軍事が規定するステージに入っている以上、こちらからの挑発はこちらが絶対に勝てる状態、すなわち1941年の日本に対するアメリカのような立場に立ってからの話だろう。その時こそ憲法改正の時機だ。