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Maple Leaf Diary -楓葉日記-

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2006-03-27 (Mon)

Updated: 2006-04-01 09:53 by Kaoru Norimoto

[雑事] 3月27日はさくらの日

日本記念日協会のサイトによると、3月27日は「さくらの日」(財団法人日本さくらの会制定)とのことです。同サイトの説明によると、

七十二候の中に「桜始開」とある時期であり、「咲く」の語呂合わせ3×9=27であることから3月27日となった。

とのことです。周囲の桜ももうそろそろ咲き出しているものもありますことから、3月27日に記念日を設定したことは時季に適っていると思われます。

桜といえば、昨年の4月8日付のエントリーは「櫻の花を素直に好きだと言えない理由」というものでした。散り際が良すぎる、死の影が似合いすぎる、特攻機の名称が「櫻花」であるに至っては何をかいわんや……。そんな理由を挙げたように思います。

しかし、小川和佑氏の「桜と日本人」を読んでみますと、そのイメージの根底にあるのは、数ある桜の一品種に過ぎないソメイヨシノ(染井吉野)の有り様であることが分かります。第2章「桜の物語22」の「幕末生まれの里桜・ソメイヨシノ」から一部引用いたしますと、

花付きの多さのため落花のさまは従来のヤマザクラなどの比ではなく、その霏々と散る感じが、歌舞伎の演出による散る桜によって増幅され、日本人特有の無常観をそそった。

樋口一葉の最初の小説「闇桜」は胸を病んではかなくみまかる娘の命を桜に見ている。

明治初頭のソメイヨシノの流行は日本の桜景観を一変させ、凄惨なまでの落花は桜観に死の翳をより深く忍び入らせた。第二次大戦末期の「散華」の思想は、このソメイヨシノの落花によって発想された虚妄の思想といっていいだろう。(小川和佑「桜と日本人」より)

このように著者は述べていますが、確かに私の中にある桜のイメージである闇に浮かぶ妖しさも、死と転生のイメージも、妖艶さも、ソメイヨシノのものであるのは間違いありません。桜という名が似合うキャラクターとして、真っ先にFate/stay nightの間桐桜嬢が出てくるのも、そのようなイメージによるものだといって良いでしょう。

そういうイメージを持ってしまっていますので、ソメイヨシノが桜を代表する存在になってしまっている現状では、「櫻の花を素直に好きだと言えない」ことになってしまうのです。

こういう桜なら心安んじて見ていられるという桜とは、まず若芽が萌え出して花を付け、白っぽい花の色と若芽の緑が山里の春を感じさせ、ソメイヨシノのような派手で妖艶なエロスではなく、初々しさを持った……。ここまで言えばお分かりでしょう。ヤマザクラが桜を代表する存在であったなら、私としては「櫻の花を素直に好きだ」と言います。しかし、ヤマザクラを余り見かけることはなくなったように思います。奈良県あたりではどうなのでしょうか。

いずれにしても、小川和佑氏が言うように、そろそろソメイヨシノの呪縛から解き放たれても良い時なのでしょう。

そして、若い世代の人たちは必ずしも桜を「死と転生を象徴する花」とは見て居ないように思われます。そうでなくては、昨今の女の子の命名にあれだけ「さくら」が多い理由が説明できません。私の感覚の方がこだわりすぎなのでしょう。



平成16年4月11日開設
平成17年4月17日移設
乗本 knorimoto
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