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Maple Leaf Diary -楓葉日記-

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2006-01-17 (Tue)

Updated: 2006-01-19 12:23 by Kaoru Norimoto

[皇室] 続:皇位継承問題について

代々の天皇が皇位を継承していくことの意義は何かを考えると、

  • 伝統、精神的価値、祭祀の継承=宗教的存在
  • 君主としての地位の継承=王朝の存続

の二つの面に分けて考えることができると思う。後者の面を強調すると、世襲原理が強調され、血統の断絶即王朝交代、ということになってしまう。どのくらい血縁が離れると王朝交代と見做すかであるが、ヨーロッパの王家では従兄弟が即位すると新王朝と見做すというから相当厳しい。

そして、皇統譜が歴史的事実であったとしても、王朝交代と見做されかねないほど血縁の離れた皇位継承は何度も起きている。また、南北朝時代に先立つ両統迭立の時代も、先々代との血縁は近いのに先代との血縁が不自然に遠い変則的な皇位継承であった。また、明治時代に南朝を正統と認定したために、後亀山天皇から後小松天皇への継承という形になってしまい、ここでも王朝交代と見做されかねない事態が生じた。

さらに、古代史や考古学の世界では、血統そのものが複数回断絶しているという学説がむしろ強いようである。主な疑問点だけでも、

  • 神功皇后と応神天皇
  • 武烈天皇以前と継体天皇以後
  • 天智系と天武系

の問題がある。

神功皇后は以前は歴代天皇に数えられていたが実在が疑問視されており、応神天皇以後は仲哀天皇以前と血縁がない別王朝、という考え方もあるようだ。また、天武天皇異父兄弟説がもし事実であれば、ここでも血統上の「万世一系」が破綻してしまうことになる。これに加えて、明治天皇が実は南朝系の人物とすり替わっている、という説さえあるくらいで、南北朝の問題すら歴史として消化し切れていないのかもしれない。

王朝としての皇位継承の歴史は相当に危なっかしい、まさにアクロバットとしか言い様のないもので、学問的にはこの意味での「万世一系」はすでに成立していないと考えた方がよさそうであり、今後も致命的な新事実が判明しないとも限らないものであるようだ。

それでは「万世一系」は価値がない考え方なのだろうか。そうではない。伝統としての「万世一系」に価値を見い出したからこそ、王朝交代が主張できる状況でも皇統譜を繋いできたのであり、今上陛下は神武天皇以来第125代ということになっている。その価値とは、神道の祭祀者としての価値であり、精神的価値であり、伝統と呼ばれるものなのだろう。皇統は単に血統が近いことを良しとするのではない、別の原理によって「万世一系」として継承されてきたと思う所以である。

イザナギ・イザナミ神話を引くまでもなく、男系による皇位継承の根拠は、こうした神話時代からの伝統という精神的価値にあるとすれば、伝統を維持すべきとする方々が、旧宮家(東久邇家など11家あるが、伏見宮家の系統なので皇位継承となると崇光天皇まで遡ってしまう)の皇籍復活まで考えるのも理解できなくはない。

旧宮家の方が皇位を継承するとなると、王朝の継承という点では相当不自然である。どうみても王朝交代と考えるのが自然であろう。しかも、南朝を正統と考える人の中には、北朝の第3代である崇光天皇の後裔が新王朝を樹立した、と見做す人も出てきかねない。血統的価値における正統性も正当性もかなり苦しいように思われる。

結局、男系維持派と女系容認派の差というのは、神話時代から連綿と続く伝統の精神的価値を重視するか、王朝の継承原理としての血統の濃さを重視するかの違いのように思える。女系容認派といっても、男系維持派の人が批判するような、男女平等の価値観やマスコミに洗脳された人ばかりではない。伝統を放棄してでも立憲君主制のもとでの世襲の(正統性ではなく)正当性を守りたい、さもなければ共和主義者に対抗できない、という立場からの女系容認、という側面があるのではないか。筆者自身もつい最近までそう考えていた。

しかし、最近では少し考え方が変化してきた。歴史上王朝交代と見做されても仕方ない事態が何度も起きたのが史実であれば、今回の皇位継承問題もそのひとつに過ぎず、たとえ実質新王朝と見做されることになったとしても、旧宮家の皇籍復帰による皇位継承を認めても良いのではないか。王朝としては王朝交代であっても、皇統としては連続していると考えれば納得できる。日本にローマ法王のような存在が居ない以上、精神的宗教的価値の体現者として相応しい皇位継承のあり方をもっと重視すべきではないかと思い始めている。

ただ、一国民としては人格識見が問題にされるような人物の即位は勘弁して欲しい。誰とは言いませんが……。

しかし、旧宮家の皇籍復帰にせよ、女系容認にせよ、どちらも苦しい道であることには変わりはない。悩ましい事態である。

追記

ところで、当日記よりも「猫研究員の社会観察記」さんの2005年11月26日付のエントリー「皇位継承に関する私案—男系男子優先プラス旧宮家復活」のコメント欄での議論の方が、この問題については参考になります。猫研究員様のコメントに、

女系容認は即伝統放棄、男系維持のためには無理をせねばならない、というのが現実なんですよね。

とありますのが、問題の本質を突いているように思いました。紹介させていただきましたことをお知らせするために、古い記事に対してで恐縮ですが「猫研究員の社会観察記」さまの同エントリーにトラックバックをお送りいたします。



平成16年4月11日開設
平成17年4月17日移設
乗本 knorimoto
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