[an error occurred while processing this directive] [an error occurred while processing this directive] 楓駅の記憶 - 楓駅訪問記

楓駅の記憶

楓駅訪問記

※石勝線の楓駅は2004年3月12日を最後に(2004年3月13日のダイヤ改正で)廃止となっております。このページは楓駅がまだ存在した2002年11月4日に筆者が楓駅を訪問した際の記録です。

前書き

石勝線の楓駅の存在は、夕張線登川支線時代から知っていました。森、緑、柏など、一文字の駅は時刻表の中ではそれだけで目立ちます。特に、楓と言う文字は、紅葉の鮮やかさのためか、綺麗なイメージがあります。駅名だけでも人目を引くのに、この駅は、列車運用の面でも人目を引く特徴があります。それは、本線上の駅でありながら、まるで登川支線時代そのままに、まるで盲腸線のような列車運用になっていることです。この駅に止まる列車は、新夕張方面からの区間運転の普通列車だけで、しかも全列車がこの駅で折り返してしまいます。本線上を通る特急列車は全列車通過してしまうため、この駅からは新得方面には直接行けません。

筆者は昭和41年4月から昭和49年7月まで北海道に在住していましたが、北海道を離れて以来、空知、上川、十勝方面には足を伸ばすことが出来ず、楓駅に停車する列車が6往復→4往復→2往復→1往復となって行くのを時刻表で眺めているだけでした。列車回数減少の背景には、炭坑閉山後の急激な人口減少があることは想像に難くありません。昭和62年に閉山した北炭の楓炭坑は、30万トン級の中小規模の炭坑ながら、目無炭と呼ばれる最高級の石炭を産出していました。夕張の石炭自体、国内炭としては炭化度が高く、強粘結性でコークスの生成に向いており、それ故製鉄所で使うのに向いているのだそうです。真谷地炭坑、楓炭坑の石炭はこの点でも際立っており、品質が高いために両者とも昭和60年代まで生き延びて来たのでしょう。ですが、夕張で掘った石炭を苫小牧や室蘭まで運ぶよりもオーストラリアの石炭を持って来た方がはるかに安上がりな現実は如何ともしがたく、他の炭坑同様に閉山してしまったわけです。北海道の炭坑都市の特徴は、炭坑が無くなれば人口の離散が速いことで、炭坑閉山後、楓駅の利用者は急速に減ってしまいました。

そのような状況のなか、余りにも不便になってしまったダイヤに、この駅を訪問することをあきらめてしまっておりました。しかし、ふとしたことで「痕(きずあと)」というゲーム(リーフ)を手にし、2ちゃんねるの葉鍵(はかぎ)板を覗くことになりました。このゲームには、柏木 楓というキャラクターが居て、儚げな美少女キャラクターとして人気があります。当然彼女のスレッドが立っており、そのキャラスレを見ると、駅名のためでしょうか、このキャラクターの崇拝者の中にも、楓駅を訪問する人が少なからず居るようです。そう言えば、楓駅はどうなっているのだろう?、そんな疑問に突き動かされ、検索エンジンで楓駅についてのページを検索しました。その過程で、平成13年には信号場に格下げの噂が流れていたことも知りました。楓駅はいずれ無くなってしまうのだろうか?、この駅がまだあるうちにどうしてもこの目で見ておきたい、との思いに再び火がつきました。

しかし、(訪問時点で)1日1往復、日曜運休と設備保守のための最低限度の運行になっているため、平日に休みを取れない現状では、列車での訪問は絶望的でした。ですが、日曜運休とは、休日運休と同じではありません。祝日が月曜日なら、その日は運転されているのです。2002年11月初旬の連休には訪問できそうだ、雪が積もらないうちに(これが甘かった)早く見ておこう、そう心に決め、今回の旅行の目的地を楓駅に定めたのです。

旅程

平成14年11月2日(土曜日)

溝の口→神保町→(徒歩)→御茶ノ水→秋葉原→上野→(車中泊)

平成14年11月3日(日曜日)

(車中泊)→苫小牧→追分→釧路→茅沼→釧路湿原→緑→五十石→釧路→(車中泊)

平成14年11月4日(月曜日)

(車中泊)→追分→新夕張→楓・楓駅前→(バス)→新夕張駅前・新夕張→夕張・ホテルレースイ前→(バス)→歴史村バスターミナル・歴史村→(徒歩)→夕張→滝ノ上→清水沢→追分→岩見沢→新千歳空港→(飛行機)→羽田空港→(京急)→京急川崎→(徒歩)→川崎→武蔵溝ノ口

旅行経過

平成14年11月2日(土曜日)

上野までの記載は省略させていただきます。

上野1650→苫小牧824 1レ 北斗星1号

土曜日の午前中も通常通り仕事があり、時間がないのに、往路は寝台特急です。片道JRにすることで、周遊きっぷが利用できるのと、一度は北海道まで寝台列車で直通してみたかったのでこうしました。しかし、車内販売は売り切れと食事の確保の面では誤算でした。

平成14年11月3日(日曜日)

苫小牧828→追分905 1467D

いきなりキハ40-700番台単行のワンマンカーです。それなのに、全員着席しており、室蘭本線のこの区間の輸送量の少なさに驚かされました。車窓風景に懐かしさを感じ、また北海道に帰って来たのだな、と実感しました。乗客は少ないながらも車内には適度な生活感があり、これから訪問する各線区とは大違いでした。一方、石炭列車の無い今、複線の線路容量は完全に過剰で、それがかえって寂寥感を誘います。

追分駅 滞在時間39分

追分駅のホームは気温0度でしたが、意外と寒くありません。駅前にビジネスホテルを見つけました。営業しているかどうか確認できませんでしたが、もし営業していれば次回の訪問には使えるかもしれません。駅に併設されたスーパーには弁当が売っておらず、仕方なくパンを2個買いました。日糧とロバパン、北海道では有名なブランドです。

追分944→釧路1304 4003D スーパーおおぞら3号

スーパーおおぞら3号走行音(新夕張-オサワ信号場通過まで、8'09"、.wmaファイル、48kbps):2002/11/03収録

特急スーパーおおぞらは283系気動車、この車両は初めてです。北海道各線を時速130キロで飛ばすために作られた振り子車両です。自由席も空いていて、着席できました。加速は485系電車以上、振り子も381系電車のような不快な動作はしません。まあまあの乗り心地でこのスピードは流石です。上り勾配12‰での均衡速度130キロ、という触れ込みは伊達ではありません。

途中、東追分から雪景色。雪に対する心構えが出来ていなかったので、大いに焦りました。明日の楓駅訪問は大丈夫かな…。10時9分、楓駅通過。積雪は大した事ないようです。車窓から見える楓の集落は、みやげ物屋然とした物産センターがなければ、寂しげで儚げに見えます。神社でしょうか、綺麗に保たれている建物があり、集落としてはまだ死んでいないようで、ほっとしました。

清風山信号場で運転停車後、まもなく占冠に到着。この辺りでは積雪はいよいよ深さを増し、北海道の奥地の厳しさが車窓風景を占めます。新得を過ぎるとまだ積雪が無く、晩秋の暖かな景色でした。このような変化の激しさが、北海道の10月・11月の魅力です。

根室本線内では、曲線ごとに設置された速度制限標にことごとく「283系以外」と書いてあるのが印象的でした。曲線でも速度を落とさないための振り子車両なのですから、当然と言えば当然なのですが。

釧路駅 滞在時間38分

駅地下のステーションデパートは目一杯寂れていました。かつての太平洋炭坑も新会社に継承の上、縮小して操業していますし、水産業も不振と聞いています。釧路が20万都市にふさわしい勢いを取り戻す日が来るのでしょうか…。帯広の方が今では都市としては元気だと聞いています。

それはともかく、ここまでまともに食事をしていません。キオスクで弁当を売っていましたので、急いで購入。それが意外と美味しく、冷めるとまずい、という道産米の汚名は過去のものになっていることを実感できました。これから温泉に入るので、駅地下の100円ショップで剃刀や洗面道具も購入しました。

釧路1342→茅沼1423 4736D

列車は意外と混雑しており、その上中国人の団体が乗って来て、ついに立ち客が出ました。現在のキハ54は、シートを183系気動車?の廃車発生品に換装してある関係で、座席と窓が合ってません。その上座席は回転できないので、外が見えにくい席に座ると悲惨です。残念ながら、座った位置が悪く、湿原の景色は堪能できませんでした。茅沼の下車客は私一人だけでした。

茅沼駅 滞在時間32分

茅沼では、シラルトロ湖まで往復できるかどうか試して見ました。湖岸のキャンプ場まで降りましたが、滞在する余裕も無くとんぼ返り。町営の温泉施設があり、評判が良いそうですが、また今度の機会になります。戻ってみると、ちょうど駅に列車が入って来たところ。ぎりぎりセーフでした。危ない、危ない。

茅沼1455→釧路湿原1524 9341レ くしろ湿原紅葉ノロッコ号

ノロッコ号は有名な観光列車。しかし、シーズン終了間際のため、自由席車も空いていました。プレートに表示の車両形式を見ると、オハテフ50、と書いてあり、50系客車を五稜郭で改造した車両なのでしょう。展望もよく、ガイドの解説つきで初冬の湿原の風景を堪能できました。釧路湿原は車では訪問しにくいところのようで、鉄道旅行者がちょっとした優越感に浸れる数少ないスポットです。

釧路湿原駅 滞在時間42分

駅のそばに展望台があり、湿原を一望できます。夕日に映える初冬の湿原は、これだけでも来る価値があるように思えます。待ち時間42分もちょうど良く、北に向かうことにいたしました。

釧路湿原1606→緑1738 4740D

車窓風景は急速に暗くなって行きます。道東の冬は日が暮れるのが速く、時差と緯度の効果を実感できます。またも私一人だけが下車。

緑駅 滞在時間32分

緑駅訪問の目的は、駅前の温泉に漬かること、それだけです。ここの温泉は新しく、温度がぬるめと熱めの2通り選べ、清潔感もあって、なかなかポイントが高いです。夜行列車に乗る前の立ち寄りの湯としては好適でしょう。12分間しか湯船に漬かれませんでしたが、無茶な旅程のせいですから文句は言えません。駅前の風景は、高原のリゾートを意識したのか、緑で統一され、良く整備されています。避暑地としても良さそうです。そう言えば、駅の住所も斜里郡清里町ですね。偶然にしては出来過ぎています。この雰囲気、清里高原のある山梨県高根町を意識して整備したような気がしてなりません。

緑1810→五十石1922 4739D

もう夜なので、キハ54のサウンドを楽しんでいるうちに、次の目的地に到着。当然のように下車客は私一人。

五十石駅 滞在時間2時間7分

こんな時刻なので、駅前は真っ暗。貨車駅で利用客も1日平均1名以下という駅に、まともな街路灯があろうはずがありません。しかし、国道には明かりがともっており、目的地も駅のすぐそばなので、さすがに迷子にはなりませんが、下調べなしには怖くて夜は歩けません。足元の水溜りはすでに結氷しています。

駅前のドライブインのような建物に温泉があります。ここでゆっくり温泉に漬かろう、というわけです。設備が少し古いようですが、かけ流しなので、お湯はきれいでした。湯は適温の食塩泉で、私の好きな泉質です。40分ほど遣ったあとで、食堂にパソコンがたくさん並んでいてびっくり。これをきっかけに話がはずんで、コーヒーをごちそうになってしまいました。ここのマスターは札幌などに顧客が居て、普段はここからリモートメインテナンスで管理をしているそうです。鹿撃ちなどが趣味で、こちらに住んでいるそうです。北海道ならではの仕事のやり方に感心しました。なお、BSD系のUNIX使いだそうです。

五十石2129→釧路2223 4741D

ローカル線の最終列車に乗客は少なく、静寂の中列車は進んで行きます。こういう雰囲気が好きなら、あなたも鉄道で一人旅を楽しめるタイプですね。

釧路駅 滞在時間37分

もう夜中で、ミスタードーナツくらいしか開いている店はありません。夕食を取っていないのに気が付きましたが、さしてお腹も空いておらず、水分補給のためのペットボトルだけ買いこんで、早々に列車の中へ。

釧路2300→追分451 4014D まりも

まりも走行音(釧路-車内放送終了まで、3'48"、.wmaファイル、48kbps):2002/11/03収録

ここからは楓駅へのアプローチです。目的の列車は早朝追分からの1番列車に回送扱いで併結されて来るため、追分か新夕張に泊まらない限り、この列車が唯一のアプローチになります。そのせいか、どうも良く眠れません。恋人に会いに行くときのような軽い興奮を感じてしまうのです。「楓ちゃん(柏木 楓、前出)の聖地(?)だから…。」と言う心の中のささやきを否定できないあたり、ダメ人間化しているのがつらいところです。「いったいお前は何歳になったのだ?」と自問しても、効果はありません。精神年齢が実年齢に近ければ、こんな無茶な旅行はしません、はっきり言って。

新得では、軌道試験車マヤ32と遭遇。これは珍しいものを見ました。途中、楓駅で貨物列車と交換。デッキに出て、外を見てみます。照明に照らされた駅が幻想的です。除雪もされていて、訪問に支障がないことを確認。ふと駅前の団地を見ると、全くと言って良いくらい明かりがついていません。カーテンも引かれていない、空家と思われる住戸も多いようで、住人がほとんど居ないのか、と不安に思いました。

平成14年11月4日(月曜日)

追分駅 滞在時間55分

待合室の暖房は故障中の表示がありましたが、実際には直っているようで、さして寒くはありません。ここから楓までは620円、いよいよ目的地が近くなってきました。

追分547→新夕張618 2621D

追分からは、明らかに同好の士と分かる者が他に2名乗ってきました。こんな早朝の列車に、しかも休日に乗ろうと言う地元の人が居るとは思えません。ここにきて眠くなってしまい、新夕張に着くまでの様子は良く覚えていません。この先が思いやられます。

新夕張駅 滞在時間27分

新夕張到着後、登川方面からのバスの到着時刻を確認。8時台のバスが休日運休になっているのを確認し、登川発7時18分のバスに乗る必要があることが分かりました。楓駅には20分ちょっとしか居られないことになります。ここで、この駅が休日は無人駅扱いなのを思い出し、少しがっかりしました。昼間にでも硬券の入場券を買おうかと目論んでいたからです。

運転士の方から「おはようございます。」と挨拶してもらい、挨拶を返しながら、北海道に来ていることを改めて実感。川崎ではこういうことはあり得ないからです。いよいよ次は楓、ということで、再び緊張が高まり、眠気もふっ飛びました。

新夕張645→楓654 2691D

2691D走行音(新夕張-楓間、7'36"、.wmaファイル、48kbps):2002/11/04収録

列車はトンネルの中をひたすら力行します。非力なキハ40にはつらそうです。4人しか客がおらず、しかも全員どう見ても鉄道ファンです。それでも、律儀にワンマンカーの車内放送が流れます。終着駅の駅名の「かえで」という響きが、他の駅ではあり得ない情緒を与えています。左手に物産センターの目立つ建物や楓の集落が見えると、もうすぐ終着駅、楓です。ATSの警告音が鳴り響き、列車は楓駅の3番ホームに滑り込みました。全員、待ち構えたように列車から飛び出します。

楓駅 滞在時間22分

楓駅の駅舎全景です。普通列車が発着する3番ホームが本線と独立していて、終着駅のような雰囲気を出しています。

楓駅の駅舎全景です。

図1 楓駅の駅舎全景

楓駅から一番列車兼最終列車が発車するところです。

図2 楓発一番列車兼最終列車

楓駅では皆、何かに取り付かれたように写真を撮ったり、駅ノートに書き込んだりしています。自分も含め、4人ともやたらにハイテンションです。テンションが上がりすぎて、知らないうちに人の邪魔をしていたかも知れません。誰か他の人が写真を撮る邪魔をしていなければ良いのですが…。駅の全景、配線の状態、本線ホームの状態などを観察した後、運転士に「帰りは乗りません」と伝え、列車の発車を見送りました。発車していく列車の写真を撮るためです。アングルを譲ってくれた方に頭を下げて感謝しましたが、うまく伝わったでしょうか。

ここでようやく少し余裕が出来、周囲を見回しました。落ち着いた谷あいの景色に溶け込んだ感じの団地には空家が多く、やはり半分以上は人が住んでいません。これでは、駅の利用者も期待できません。事実、先ほど発車した折り返しの列車の地元客は、初老のおばさん1名のみでした。また、使われている待合室や3番ホームは良いのですが、使われていない2番ホームへの階段の痛み方は遠目にも激しく、時間の流れを感じさせます。

ひとしきり写真を撮り終え、待合室に入ります。待合室は、よく手入れされていて広さも十分あり、駅寝できそうな感じでした。駅ノートを見ると、いきなり「楓たんハアハア、楓たんマンセー。」という書き込み。どうも2ちゃんねるの葉鍵板住人が来ていたようです。「厨房、逝って良し。」と突っ込んでも良いのですが、確かに、ここの静寂が支配する雰囲気には、「痕」の柏木 楓ちゃん(前出)が良く似合います。彼女は石川県七尾市の出身のはず(「痕」は和倉温泉がモデルとされているため)ですが、石勝線の占冠駅の近くには鬼峠もあることですし、その儚げな雰囲気はこの駅のイメージキャラクターにはぴったりです。「かえで」という語句に過剰に反応する背景に、このキャラクターに対する思い入れがあるのは間違いないので、「逝ってよし」なのはもしかしたら私の方なのかもしれません(いったいお前は何歳なのだ?>自分)。しかし、駅ノートに書き込んだ誰かさんみたいに、「ここで寝たら楓ちゃんの夢を見られるかな」とまではさすがに思いません。そこまで行ったら危険領域です。

楓ちゃんをイメージキャラクターに(おい)、という空想を飛ばしてしまったついでに、もしこの駅でイベントをやるならどうするかを考えてみました。緑駅に倣い、イメージカラーで駅の外観を統一したいところです。屋根の色を深紅に塗り直し、駅の駐車スペースの舗装も赤系にし、国道の街路樹も楓に…。私の貧困な頭脳ではこのくらいが限度です。列車回数がせめて占冠並みになればどうにかなるのかもしれませんが。第一、地元住民がこの駅をどう思っているのかが分からないですし、下手な妄想をしただけなのでしょう。

駅ノートもゆっくり見ている時間がなく、名残惜しいのですが、バスに乗って楓駅を去りました。時間のあるときに、ゆっくり滞在したい感じの駅でした。観光地ではないからこそ長居したくなる、不思議な駅でした。ここで浮かんだ一首。

  • 楓散り雪の降り積む山里に いまだ消えざる君の面影
楓駅前720→新夕張729 夕鉄バス

楓駅前の次の停留所は楓三区、楓四区、楓市街です。つまり、楓駅は楓の旧市街よりもかなり登川寄りになってしまっているのです。集落の中心部から遠くなったことで、ただでさえ少ない利用客がさらに少なくなっていないか心配です。楓市街の近くで呉服店の看板を見つけました。炭坑が繁栄していた頃、盆や正月には子供達が着飾って、さぞ華やかだったことでしょう。こんな小さな盆地に、こうした店が成り立つほどの人口があったのですから、石炭はまさに当時の花形産業だったわけです。それが、今では100人と住んでいないかのような状況です。時代の変化は恐ろしいものです。北海道の産業は植民地型と良く言われます。大資本が集中的に資本を投下して、単一産業のための都市を作り上げてきました。それが潰れると、代わりの産業がないので、あっという間に人口が流出してしまいます。今の楓地区の状況も、その典型なのでしょう。

新夕張駅 滞在時間15分

2623Dに間に合いました。先ほど楓から折り返しの列車に乗っていった2人に追いついた格好です。紅葉山と言う旧称を持つこの駅ですが、周囲の山はもう落葉してしまっていて、地名の由来を実感することはできません。

新夕張744→夕張818 2623D

この列車も、地元の高校生が5人乗っただけで空いていました。休日なので仕方ありません。なお、楓から列車で折り返しても、この列車にしか接続しませんので、結局は同じことになります。旧夕張線の車窓風景は実に寂しいものでした。

夕張駅 滞在時間29分

現在の夕張駅は、リゾート開発のため、ホテルレースイの前に移設された駅です。市街の中心からは距離があり、地元住民には不便になったのではないでしょうか。市の中心街まで近すぎるわけでもなく、この先の線路は残せなかったものでしょうか。

バスを1本遅らせて、駅のそばのセイコーマートで朝食を調達。北海道ではおにぎりも電子レンジでのあたための対象です。これがなかなか便利で、内地でもやっても良いのでは、と思いました。

ホテルレースイ前847→歴史村855 夕鉄バス

バスの時刻は休日運休の嵐。観光客はあまりバスを使わないようです。汽車旅派にはこれはつらい…。バスの乗客は、自分以外みんな高齢者。これが夕張の現実なのでしょう。バスは夕張の中心街を抜けて、程なく歴史村に着きました。

歴史村 滞在時間2時間20分

石炭博物館がこのテーマパークの目玉です。エントランスホールの炭塊の見事さに驚きました。国産の石炭は亜瀝青炭(あれきせいたん)や褐炭(かったん)が多く、炭化度が低くていま一つ黒みが足りないと思っていたのですが、ここには見事な黒ダイヤそのものの石炭があります。特に、楓炭坑の炭塊は黒くつややかで、楓ちゃん(前出)の髪色、というよりむしろ千鶴さん(柏木 千鶴、やはり「痕」のキャラクター)の髪色か、と思わせるものでした。各炭坑で採れた石炭の標本に燃焼エネルギーが表示されていましたが、やはり楓炭坑の石炭は他所よりも燃焼エネルギーが高いようです。

また、北炭楓坑は、友子(ともこ)制度と言われる坑夫の同業者組合兼共済組合のようなものが最も遅くまで存続していたことでも知られています。昭和48年の自坑友子への取立(新規加盟)者の名簿が展示してありましたが、末尾に「千鶴万亀」の文字。鶴は千年、亀は万年と言いますから、縁起を担いだのでしょうが、こんなところで楓と千鶴の文字が同居しているのを見るのは妙な気分でした(「痕」のやりすぎだ)。

この博物館の目玉は、模擬炭坑がそのまま残されており、本物の炭坑に入ることが出来ることです。これだけでも800円払って入る価値があります。

歴史村1115→夕張1148 徒歩

見学を終わってバスターミナルに戻ると、次のバスは14時15分。これではどうしようもありません。古い映画の看板が印象的な本町商店街を抜け、徒歩で夕張駅に戻りました。気温が上がったので、融雪に足を取られてしまいます。融けたアイスバーンよりはましですが。札幌時代の記憶のおかげか、全く転ばずに済みました。

夕張駅 滞在時間26分

予想より早く駅に着きました。ボランティアの人がゴミ箱を片付けに来て、ゴミの中身に舌打ちをしていました。ペットボトルと弁当箱が分別されていなかったらしいです。しかし、あのゴミ箱は1個で、分別を示す表示は無かったような…?

夕張1214→滝ノ上1317 2632D

この列車は新夕張での特急への接続が良いためか、そこそこ乗客がありました。最後の目的地、滝ノ上を目指します。途中の新夕張でドカッと長時間停車するため、途中下車してJAのスーパーで買い物を目論見ますが、休業でした。残念…。

滝ノ上駅 滞在時間2時間17分

ここでは、JA夕張の物産センターがおすすめです。楓の物産センターはいかにもお土産屋さんといった外見で、ドライブインとしてはともかく、列車で訪れる気のしないところでした。しかし、ここは農協直営のためか、俗悪な感じは余りしません。メロンゼリー味のキャンディー、メロン羊羹、メロンの醤油漬けを購入。2Fのレストランで食事もしました。考えてみれば、今回の旅行で食堂に入るのはこれが最初で最後です。レストランの味は普通のドライブイン並みですが、付け合わせの茸のホワイトソース和え、おまけのメロンゼリーの味が良かったです。

ここの見どころはやはり駅の近くにある公園です。楓が散りはてていました。ここの見ごろは10月中旬でしょう。ちょっと遅すぎた感じです。北海道企業局に譲渡された、元北炭所属のれんが造りの発電所が景観にマッチしています。ここも紅葉シーズンに再訪したいところです。融けかけた雪に足を取られたのと、雨に降られて、見学は途中で断念しました。

滝ノ上1534→清水沢1558 2637D

この時点では、この列車が夕張で折り返して来た千歳行きが一番早く帰れる列車です。ということは、反対方向に乗ればもう一か所立ち寄れます。清水沢で降りて、タブレット交換を見て、腕木式信号機を見て帰ることにしました。北海道ではタブレットを使っているのはここだけなんですね。

清水沢駅 滞在時間36分

ここが最後の途中下車地になりました。そして、鉄な人間の性なのか、タブレットの受け渡しを物珍しそうに見てしまい、駅員に変な顔をされてしまいました。自己嫌悪…。

清水沢1634→追分1750 2638D

ここからは途中下車地はありませんので、駅ごとの滞在時間は記しません。さて、時刻表では発時刻のみの表示のため、追分で室蘭本線には接続しないように見えます。東追分から追分まで29分もかかるわけがありません。このまま千歳方面に行くと、帰りの飛行機まで時間があり過ぎるので、回り道をすることにしました。

追分1803→岩見沢1848 1473D

室蘭本線まで来て、ようやく路線に生活感が戻ってきました。

岩見沢1856→新千歳空港2001 3026M→3972M

何日ぶりの電車でしょう。キハ40でのんびりマターリが身についてしまったので、電車の加速音が、明日からの首都圏での生活に向けての良いリハビリになりました。

千歳2055→羽田2235 日航526便

特定便割り引きがある便の中では使いやすい時刻で、助かりました。やはり飛行機は速いですね。羽田は気温14度。生暖かくて気持ち悪くなりました。

ここまで読んでいただいた方、お疲れ様でした。ここからの記載は省略させていただきます。

感想

楓駅の何度も訪問したくなる雰囲気には、独特のものがあります。今度は駅ノートもじっくり見てみたいですし、わずかに残された炭坑の遺構も見てみたいものです。次回訪問する時まで、駅ノートが無事でありますように。なお、ネット上では色々取り沙汰された信号場への格下げ問題ですが、実際には2003年3月末以降のことでしょう。あと数回は訪問できそうです。撤去費用が6000万円、と聞きましたが、それが障害になっているのかもしれません。もっとも、冬の除雪費用を考えたら、それでも廃止に傾く気もいたします。私のような道外の人間が訪問しても、一回では一日平均利用客は1/365人しか上がりません。地元客が一人定期的に利用すると、年間200回は利用するでしょうから、その違いは大きく、地元客がほとんど居ない上に高齢化している現状では、何れこの駅が信号場に格下げになるのは不可避だと思われます。

今回北海道を訪問し、過疎化と高齢化が予想以上に進んでいることを実感しました。北海道の自然には隅々にまで何らかの形で人の手が入っており、よく手入れされています。原生林がほとんど無いのもそのためです。しかし、環境を保全する担い手は、時間とともに容赦なく高齢化していきます。担い手が居なくなり、居住環境が維持しきれなくなった時に訪れるであろう荒廃は、広大で苛酷な自然環境だけに、想像を絶するものがあると思われます。楓地区も、何時まで集落としての体裁を保っていられるか、楽観はできない、そういう気がいたします。ダム工事の関係とはいえ、すでに三菱大夕張炭鉱周辺は平成10年に無人化してしまっています。石炭産業だけでなく、北海道の主力産業には人口を支える力はもう残っていないように見受けられます。あと30年後の北海道はどうなっているのでしょうか…。

参考ページ

http://www5f.biglobe.ne.jp/~switchback/kaede.htm
歴代の楓駅の沿革、殊に配線について。
http://leaf.aquaplus.co.jp/
「痕」というゲームの発売元。※リンク先はアダルトサイトではありませんが、ゲームそのものはいわゆる18禁ゲームです。そのメーカーサイトであることをご承知の上リンク先をご訪問ください。
http://www.kaedefc.com/home.htm
「痕」のヒロイン柏木楓のファンクラブ「前世の約束…」。※リンク先はアダルトサイトではありませんが、ゲームそのものはいわゆる18禁ゲームです。そのファンサイトであることをご承知の上リンク先をご訪問ください。