人間ドックについて

ドック万能ならず

ドックをあてにしすぎて病気を放置しないように

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人間ドックなら何でも分かるのだろうと思っている受診者がいます。症状が出ていても病院に行くのをためらって、人間ドックで見つけてもらうのを期待して、受診時まで放置してしまう人がいます。

受診者にしてみれば、症状が出ていて不安な故に、かえって診断をされるのが怖くて一日延ばしにしてしまったのでしょうか。それとも、一般外来にいきなり行ったのでは、混雑しているために非人間的にあしらわれてしまうのがいやだ、ということなのでしょうか。あるいは、どこの科に行ったらいいか分からないのでドックで教えて欲しい、という人も居たかもしれません。

しかし、人間ドックは万能ではありません。特に、ある種の病気にはほとんど役に立たないことさえあります。現在の総合人間ドック(脳ドックなどの特殊ドックではない、普通のドック)において弱点になりやすいケースをいくつかあげてみます。

  • 狭心症全般
    • 負荷心電図を行わない場合が多く、狭心症のようにトラブルの際だけ所見が出る病気には余り強くありません。
    • たとえ負荷心電図を取っていても、労作性ではない、安静時にだけ起きる狭心症ではあまり所見が出ないことがあります。
  • めまい、一過性の運動麻痺など
    • 首から上の、頭蓋内の病変を調べるような検査は余り入っていません。
    • この場合も変化が一過性のことが多く、受診時にたまたま発作が起きていない場合、見逃してしまう場合があります。
  • 神経内科の病気全般(パーキンソン病、脊髄小脳変性疾患など)
    • 内科医が注意深く診察すれば良いのですが、ドックの診察医が外科や婦人科出身で内科医が診察していないドックもあり、案外見過ごされている場合があります。
  • 進行した慢性肝炎でも活動性が低い場合
    • GOTやGPTは活動性(炎症の激しさ)が低いので落ち着いた動きをしているが、肝臓病そのものは進行している場合です。
    • 腹部超音波断層検査で分かる肝臓の形態、肝炎ウイルスマーカー、血小板の数、身体所見などを総合的に見ればよいのですが、肝臓専門医でないと病気を過小評価してしまいやすいところです。
    • 数字万能になってしまうと見逃しやすいところです。
  • 整形外科の病気全般(椎間板ヘルニアなど)
    • 生活習慣病以外は知らないよ、という考え方で設計されているドックが多いので、こうした病気は問診と診察所見だけが頼りです。
  • うつ病やその他の精神疾患
    • 訴えが身体的な症状に限局していたり、長い時間の面接でようやく核心にたどり着くような場合が多く、意外と見過ごしているものです。
  • 睡眠時無呼吸症候群などの睡眠の異常
    • 睡眠時の酸素モニターが小型化され、スクリーニングはしやすくなりましたが、まだまだ対応している施設は少数です。
  • 肺癌
    • ヘリカル(らせん)CTが有用とされていますが、それ以外に有効性の高いスクリーニング検査は余りありません。

概して言えば、

  • 生活習慣病関連以外の、問診と診察所見が頼りになる分野
  • 検査の網から外れている場所
  • 症状・所見が間欠的にしか出現しない場合
  • 抑うつ状態などの精神・心理的な問題
  • 睡眠時など、診察や検査が困難な時間帯の問題
  • 有効なスクリーニング(ふるい分け)検査がまだ出来ていない疾患

このような病気には人間ドック、特に総合ドックは有効とはいえません。

症状が出ていて、すでに進行しているのに「どうしてこんなになるまで放っておいたのか」と言いたくなるような例があとを絶ちません。しかし、そういった人に聞くと、「症状は前からあったのだが、1回前の人間ドックで異常なしといわれた」とか、「もうすぐドックがあるのでその時検査を受ければよいと思った」と言った答えをなさる方が多いようです。

しかし、人間ドックは万能ではありません。生活習慣病と検査診断に偏っているきらいもあって、その網から漏れてしまう病気がかなりあるのは前述したとおりです。人間ドックで「異常なし」と判定したために、かえって狭心症を放置してしまったとか、症状があったのに人間ドックまで待っていて、その間に腫瘍が大きくなってしまったといったトラブルは、どの人間ドックでも、数は少ないですが必ず起こり得るところです。

生活習慣とも余り関係がない上、何の症状・所見も出ない病気をうっかり放置しても、やむを得ない場合もあるでしょう。しかし、症状がはっきり出ているのに、前回のドックで「異常なし」だったから気のせいだろうとか、次のドックで見てもらえばいいや、などと言わないでください。そうした場合は、病気として診療を受けるべき場合なのです。人間ドックは症状が出にくくて放置しやすい、それでいて誰もがかかる病気を予防したり早期発見するために設計されています。

受診者の皆さんには、人間ドックが万能ではないこと、弱点もあることを知った上で、症状がはっきり出ている場合は放置せず、早期に医療機関を受診されるようにお願いいたします。